みなさん、りゅう@kawamuraryuです。
今回は、韓国の歴史探訪です^^この慶州の歴史遺跡地区内は韓国の三国時代やった時の新羅の1000年以上続いてた都市があったんですって。歴史遺産が点在している屋根のない博物館と言われている慶州に行ってきま〜す^^
目次
慶州の歴史遺跡地区の散策風景
今はだいぶ草原になってますけど、さすがは古都です。歴史的価値がすごいようです。ユネスコの世界遺産にも登録されています。
敷地がだいぶあるのでミニバスツアーみたいなのもやっていましたよ^^
バッタ??一気にことからアミューズメント感が増しましたね!!楽しんでいいんだ!って気持ちになれますね^^
そして、景色を眺めながらのんびり歩いていると、、、

なんか牛乳瓶みたいな建物が現れました^^ノンノンこれは牛乳瓶ではありません。
東洋最古の天文台?「瞻星台」

こちらは慶州の歴史遺跡地区内にある名所の「瞻星台」です。なかなかメインスポット的なところだそうです。ドラマで有名になった善徳女王の時代に作られたと言われてる東洋最古の天文台なんですって^^国宝にも指定されてるそうですよ。

当時の新羅の王様たちが瞻星台で、空の観測を行なって農業の時期を決定してた説とか国家の方向性を決める占星術に活用してた説があるんですって。説のオンパレードなので実際のところはよくわかっていないんですかね??
東宮と月池(雁鴨池)・臨海殿址や古墳について


雁鴨池は、新羅時代の人工池で本来の名前は「月池」やったんですって。
674年に新羅の三国統一の記念で文武王にが作ったんですって。当時はもっと花とか樹木がいっぱい植えられてて珍しい鳥とかも放し飼いにされてたんで。
珍しい鳥ってどんな鳥やったんやろー??
でも新羅が滅亡しちゃうとこの池に廃墟となって雁や鴨が住み着いちゃったから珍しい鳥もおらんくなって朝鮮時代になってからは「雁鴨池」って名前の池になったんですって^^
だから珍しい鳥ってどんな鳥よ?よいよいよい??
でも、それで月池から雁鴨池になったんですね。ちゃんとしっかり意味持たして名前つけたいタイプなんですね^^
雁鴨池の西側は新羅王宮の別宮「東宮」があって皇太子が生活していた跡地の「臨海殿址」があります。

臨海殿址は国家の行事ごととか国賓の接待に使われてた場所で宴会とかもしてたそうですよ。
ほんで近年の 雁鴨池の発掘調査で生活用品とか鹿・白鳥とか動物の骨以外にもカヌーみたいな木製の船とかが出土したから新羅の王族、貴族とかのお偉いさんは雁鴨池に船を浮かべてた説なんですって。
出土した物は、国立慶州博物館の「月池館」で見学することができ流みたいですよ^^




古墳もたくさんありましたよ〜!!
慶州の歴史遺跡地区内には新羅時代の王、王妃、貴族とかのお偉いさんの古墳が23基もあるんですって。

大陵苑っていう名前は、新羅の第13代王・味鄒王を大陵に埋葬した、と記録されている高麗時代の歴史書の『三国史記』に由来してるんですって。
エンディング
今回は韓国の古都を歴史探訪してきました!!韓国の歴史は三国志とかみなさんも好きな歴史が多いのではないでしょうか。みなさんも韓国の古都、慶州の歴史遺跡地区に行ってらっしゃい。

慶州の歴史遺跡地区はバッタが好きなんですかね??
ではでは。 韓国行った時は韓国の他の記事もあるのでぜひチェックして見てください〜^^
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“韓国、三国時代の栄華、慶州(キョンジュ)の歴史遺跡地区” への1件の返信