僕の生まれ育った町にある長い年月、岸部にそびえ立ち続ける吉志部神社。

みなさん、りゅう@kawamuraryuです。

今回は吉志部神社になります!!こちら、えっ??どこ??ってなる人は多いですかね??ん?何言ってるの?

って感じですか??この吉志部神社はなんと、、、僕が生まれ育った場所でーーす。伝説の場所でーーす。お祭りとか初詣でよく行ってました^^

個人的ごいびきはこのへんにして今回はこの吉志部神社がどのような歴史が詰まってるのかを調べていきまーす。

「すべての歴史は一つの歴史から」これを合言葉に今回も散策散策〜。

吉志部神社について

吉志部神社の創建時のことについてはよく分かってないんですって。平安時代よりも前にはすでにあったとされている位置付けなよーですよ。

すごい、歴史がありますね。

応仁の乱から戦国の世にかけて壊滅的に焼失とかしてきたそうなんですけど、江戸時代に挑戦からやってきた吉志一族の末裔によって再建されたそうですよ(^ ^)

吉志一族っていうのは朝鮮の高麗系の渡来氏族になるんですって。

吉志部神社はずっとみなさんに、愛され続けたのですね。

吉志部神社の本殿は七間社流造りという珍しい形式のもので国の重要文化財になっていたそうですよ。

ですけど2008年に放火で焼失しちゃいました、、、もちろん、僕も地元民なのでこの事件は知っています。

悲しい出来事ですね。

今の本殿は再建されたものになりまーす。

今の吉志部神社っていう名前になったのは明治にはいってからの神仏分離令になってからなんですって。

京都の八坂神社も神仏分離令で名前が変わってますね。八坂神社の記事もぜひチェックして見てくださ〜い。

祇園祭で同じみ美の八阪神社。

吉志部神社を散策

さぁ、ここから紫金山という山にある吉志部神社の本殿まで目指しましょうー!!

(でも、この鳥居の道も普通に道路なので車などで普通に上まで行けます。)

はい、着きました。こちら2018年の大阪北部地震で鳥居が倒れちゃいました。

なので今はこんな感じです!!鳥居の代替ってこんな感じなんですね。

さぁ、この階段を上るとー。

本殿に続く門がありました!!このあたり初詣やお祭りの時はかなり賑わうんですよー!!懐かしい〜なぁ!!小さい頃の楽しみでした。

さぁ、本殿です。こちらは2008年に焼失しちゃってるので再建されてる本殿になります。

放火なんですかね。当時は岸部住民から吹田住民までみんなのトピックスでした。

悲しいなぁ〜。

実はこの本殿の広場の横に階段で紫金山をあがっていくと。

吹田34号須恵器窯跡」がありましたよ。7世紀初め頃に須恵器を焼いてたところなんですって。

吉志部瓦窯跡きしべがようせき」として国の史跡に指定されてるそうです!

の生産が盛んやったそうですよ。吉志部神社は昔は窯業の生産拠点やったんですって。

その当時は平安京を遷都するにあたって大量に窯とか瓦が必要やったんですって。

瓦屋さんも窯屋さんも大儲けですね(^ ^)時代にあったビジネスを^^ですね??今の時代はなんですか〜??

エンディング

さぁ、今回は吉志部神社でした。ただただ僕の地元だけでなく、たくさんの歴史が詰まっていました!!

みなさんの、地元の地元にありすぎてあまり行かないような史跡もきっとすごい歴史のつまった場所なんでしょうね。

ぜひ、みなさんの地元の神社の歴史も散策散策してみては〜。


プロフィールでりゅう@kawamuraryuのこと詳しくなってくださいね〜。

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