【たこ焼きの歴史】大阪名物たこ焼きを考えた人は大阪出身ではない?

みなさん、りゅう@kawamuraryuです。

家で「たこ焼き」を作りました。もともと、たこ焼き屋さんでバイトしていたこともあるので、ある程度作るのはお手のものです。

、、、今度作る時はもっとブログ用に映えるようにしっかり撮りますね。

たこ焼きって今では普通に大阪名物!とかまで言われているけど「たこ焼き」のルーツかはよく分からないな?と言うことで「たこ焼き」についていろいろ調べてみました。

「たこ焼き」について

たこ焼きはもともと子ども向けの食べ物だったそうです。「ちょぼ焼き」とか「ラジオ焼き」っていう呼び名やったそうです。

具材にも最初から「たこ」が入っていたわけではないそうです。ネギこんにゃく紅生姜天かすと僕らが今食べるタコ以外のものが入っていたそうです。

そこに醤油を漬ける。もしくわ、醤油も具材入れるときに一緒にいれる。というのが主流だったそうです。

昭和の初め頃に大阪にみんな労働者が来ていた時期に屋台で「ちょぼ焼き」、「ラジオ焼き」の店が並んでたんですって。

大阪は「東洋のマンチェスター」って呼ばれていたそうですからね。大阪は「天下の台所」って呼んだり、大阪はかっこつけたがりですね。

そして、「たこ焼き」になっていったのは福島県出身の遠藤留吉夫って人が夫婦で「ラジオ焼屋さん」を屋台ではじめたのが「たこ焼き」ができるルーツになるそうです。

しかし、この時はまだ、「たこ焼き」ではなく、「ラジオ焼き」、「ちょぼ焼き」になります。

子ども向けの食べ物の「ラジオ焼き」を大人向けにしていったのは、牛肉を具材にいれたのが初まりになるそうです。

中に牛肉を入れると大人が「うめーじゃねえか!」と大人の味になっていったんですね。

それから、1人のお客さんから具材に「タコ」を使用するというヒントをもらってから「たこ焼き」という食べ物が完成していったそうです。

エンディング

さぁ、今回はたこ焼きを作ったという事で、少しみなさんと「たこ焼き」の歴史にひたってみました。

それでは、みなさんも良きたこ焼きライフを。

その他の活動

動画アプリのショールームしているのでぜひ来てみてくださいねー。

ありがとうございました。

僕の部屋の配信も観に来てくださいねー。

https://www.showroom-live.com/kawamuraryu


プロフィールでりゅう@kawamuraryuのこと詳しくなってくださいね〜。

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