エレキテルでおなじみの高松藩出身の平賀源内

みなさん、りゅう@kawamuraryuです。

今回は、江戸時代に多芸多才で活躍した高松藩出身の(今で言う香川県さぬき市)平賀源内についての記事です。

さぁ、平賀源内はどんな人なんでしょうか??さっそくレッツリサーチャー。

平賀源内について

平賀源内は足軽の家に生まれたそうです。三男だそうですよ。

長崎に遊学してた時期にオランダ語や西洋学など、いろいろ学んだそうですよ!!勉強大好きっ子やったんかもですね。

勉強しながら、鉱山開発をしたりといろいろと起業もしていたそうですよ!!

火薬の原料を作ったり石油を生成する実験をしていたりとかなりいろいろな事をしていたそうです。

「働き方改革」ですね(^ ^)

田沼意次に高松藩で働く誘いを受けて2年ほど働いてやっぱりやめちゃったんですって。

平賀源内は俺は組織に染まらねーぜ!!タイプやったんですかね??

人間関係ですかね??なんでやめたんでしょうか?

それでも、田沼意次とはそれ以降も仲は良かったそうですよ。

田沼意次は教科書にもでてくるような人ですけど心の大きいいい人なのかもしれないですね(^ ^)

それで、平賀源内は藩をやめてさらにやりたい事をいろいろしていって、その時にエレキテルの異名も手に入れたそうです。

でも、平賀源内の最後はわりと勘違いで人生終わっちゃったそうです。

大名屋敷の修理を請け負ってた時に雇ってる大工達に設計書を盗まれたと勘違いして、

その怪しいと思った大工さん2人をブチ殺したそうですよ!!でも、ブチ殺した後にすぐに設計書が見つかって平賀源内のただの勘違いやったそうです。

ブチギレてた時の平賀源内はお酒にもだいぶ酔っていたそうです。

お酒のミスはいつの時代も発生しておるんですね!!飲酒運転よりも激しいミスですけどね!!

それで、殺人罪で捕まってる間に獄中で病死で平賀源内は最期をむかえたそうです。

平賀源内はエレキテルの天才ではない??

平賀源内は「エレキテル」のキャッチコピーがつくくらい電気の天才と当時の世間では認識があったそうなのですが、

実は、ヨーロッパの電気治療の医療器具を開発したものを修理したそうです。

当時の人からしたら電気治療の医療器具すら物珍しいのに、それを修理するなんて「おいおい、平賀源内ただモノじゃねーな!!」ってなったそうです。

エンディング

さぁ、今回は香川県にゆかりのかなりある平賀源内についてでした!!

みなさんも平賀源内のように働き方改革をしてみてはいかがでしょうか??

それではみなさんも良きヒストリアを(^ ^)

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